「ええと……晶さんって呼んでもいい?」
「ええ。じゃあ、私は明君って呼ぶわね」
そうして二人は、お互いにまた笑う。
「言葉だけだと、自分の名前言ってるのか、貴方の名前を呼んでるのか、錯覚しちゃいそう」
「僕も。でも、何だか楽しいと思わない?」
「そうね。……でも不思議。お互いに会ったばかりなのに、こんなに楽しい気持ちになるなんて」
「同じ名前だからかな」
明は、目の前の女性との他愛もない会話を心地良く感じていて。
それはどうやら相手も同じだと分かり、嬉しくなった。
「ねえ、晶さん。携帯のメルアド交換しない?」
嬉しさのあまり、ついそんな事を言ってしまってから、明は内心慌てる。
普段なら絶対にそんな事言わないのに。
ナンパしようとかそんなつもり全くないのに。
コレで断られたら絶対凹む……っ。
けれど。
「いいわよ」
明の耳に聞こえてきたのは、そんな返答で。
「え、本当?」
「ええ。仕事中とかは電源切ってたりするけど、それでもいい?」
「う、うん。僕も講義とか色々あって出れない事あるし」
そう言うと、晶は驚いたように明を見る。
「講義って事は、大学生なの?」
「あ、うん。大学3年」
「そう……じゃあ就職活動中?」
何気なくそう聞かれて、明はギクッとする。
普通の大学3年生なら、確かに就職活動を始める時期で。
けれど、明はその時間を芸能活動に充てている。
だから就職活動なんてした事もないし、今の所、する必要もない。
「ま…ぁ、そんなトコ、かな?」
「そっか。この公園、オフィス街に近いから、てっきりもう社会人なのかと思ったわ」
「こんなにラフな格好なのに?」
「あら、格好に関しては私も人の事は言えないもの」
言われてみれば確かに、晶の格好はかなりラフだ。
「ラフな方が動きやすいし、屋外で写真を取る時には、都合がいいの」
「多少汚れても構わないから?」
「そう。ついつい地面に膝とか着けちゃうのよね」
そう言って晶は、頬に手を当てて溜息を吐く。
「彩兄もよく、膝立ちの状態で写真撮ってるよ」
「やっぱり?夢中になると、どうも自分の事は疎かになっちゃうのよ」
晶のその言葉に、明はクスクスと笑う。
「確かに。でも、それだけ打ち込める事があるって、凄いと思う」
「……ありがとう」
そう言いながら、嬉しそうにふわっと笑った晶に、明はドキッとした。
何だろう。
晶さんのこの笑顔。
……少し眩しい気がする。
すると、突然晶が声を上げる。
「あ、もうこんな時間!ごめんね、私もう行かなきゃ」
慌てたようにそう言う晶に、明も何気なく時間を確認すると、もう戻らなくてはいけない時間だった。
「うわっ!僕の方も、この後用事があるんだ」
お互いに慌てて別々の方向へと行きかけて。
「連絡、絶対する」
「ええ、私も」
そう約束して、二人はその場を後にした。
明がクレヴァリーのオフィスに駆け込むと同時に、茅から叱責が飛んだ。
「何やってたの!?もう時間がないわ、急いで準備して!」
「分かってる!」
「ライカ、今日はコレね」
バタバタとしながら、すぐにRAIKAの衣装に着替えると、もうメイク担当はスタンバイしてて。
「遅れてすみません、お願いします!」
「はいはーい、すぐ済ませるわ」
明が頭を下げて鏡の前に座ると、メイク担当は腕の見せ所とばかりに、ニヤリと口の端を上げた。
そうして何とか時間には間に合った。
「もう、あんな時間に散歩になんか出掛けるからよ」
「茅さん、ごめん」
「……いいわ。その代わり、仕事はきっちりこなして貰うから」
「はーい」
明が返事をすると、茅は小言はここまでと言わんばかりに仕事の顔になる。
「それで、今日の取材なんだけど……」
「雑誌の取材でしょ?」
言い難そうに口籠る茅に、明は首を傾げる。
「そう。女性向け週刊誌のね。でも、あんまり印象のよくないインタビュー記事の載せ方するのよ」
「……っていうと?」
「簡単に言えば辛口評価の記事。こっちとしては、下手なコメントすればイメージダウンにも繋がるから避けたい相手なんだけど、結構人気あるみたいなのよね、その雑誌」
つまり。
人気雑誌の取材コーナーに載れば知名度は上がるが。
どんな記事にされるか分からない、と。
そういう事なのだろう。
「じゃあ、イメージ損ねないように頑張ってみるよ」
「お願いね」
そんな言葉を交わして、インタビューが行われる応接室に着いた。
「じゃ……行くか」
その瞬間、明の雰囲気がRAIKAのそれへと変わる。
普段の明の様子とはかけ離れた雰囲気。
これこそが、RAIKAの正体が明だとバレない一番の要因だ。