応接室の扉を開けると、明――RAIKAはニッコリと微笑んで挨拶をする。
「どーも。ライカです☆今日はヨロシクお願いしますね〜」

 明るい笑顔と、少し軽いノリ。
 けれど、与えられた仕事は着実にこなす。
 それがRAIKAとしてのスタンスだ。

「いやーそれにしても、こんな美人なオネーサンに質問されるなんて、ちょっと緊張しちゃいますねー」
 不敵な笑みを浮かべつつ軽口をたたいて、RAIKAは目の前にいる雑誌記者から、カメラマンへと視線を移す。
 と、そこでRAIKAの動きが止まった。
「っ……!」
 辛うじて声は出さなかったが、今にも叫びだしたい衝動に駆られる。
「ライカさん?どうかされましたか?」
 雑誌記者が怪訝そうにそう言ってくるが、今はそれどころじゃない。

 なんで。
 どうして。
 晶さんがここにいるのっ!?

 そう、そこには他でもない、先程公園で知り合ったばかりの晶がいたのだ。
 その事に、RAIKA――明は内心慌てる。

 気付かれたらどうしよう。
 いや、でも気付かれる可能性は低い。
 僕とRAIKAじゃ性格が違い過ぎるし、メイクだって衣装だってしてる。
 声は変えてないけど、ちょっと似てるぐらいにしか思わないだろうし。
 ここで気付かれるぐらいなら、RAIKAの正体なんてとっくに世間にバレてるだろうし。
 何より、気付かれるんなら、最初の時点でもっと何らかのリアクションがあるハズっ!
 実際、ついさっき会ったとはいえ、短時間しか話してないんだし。
 大丈夫。RAIKAのままでボロを出さなければ気付かれない……ハズ。

 そんな事をつらつらと考えながら、明はRAIKAとしてしらばっくれる事に決めた。
「……アハハ、女性のカメラマンて珍しくって。ついつい見入っちゃいましたよ〜。今日はヨロシク。カッコ良く撮って下さいね☆」
 そう言ってウィンクして、ソファに座る。
 内心ドキドキものだったが、幸いにしてどうやら晶はRAIKAの正体に気付かなかったらしい。
 ホッとしながら、雑誌記者の自己紹介をなんとなしに聞いていた。
「今回の取材でインタビューをさせて頂きます、邦橋棗(くにはしなつめ)ですわ。こちらはカメラ担当の邦橋晶」
 ぺこりと頭を下げる晶を見ながら、RAIKAは首を傾げて言う。
「あっれ〜?もしかしなくても、お二人は姉妹って事でいいんですかね?いや〜、こんな美人姉妹の取材を受けられるなんて感激ですっ」
「あら、お上手ですね」
 クスクスと棗は笑うが、晶はニコリともしない。
 その事に明としては引っかかりを覚えたが、RAIKAとしてはそうはいかない。
「いえいえ、本当ですよ〜。かたやビシッとスーツを着こなしたクールビューティ。かたやカメラ片手のラフなボーイッシュ姿。うーん、どっちも捨てがたい」
 その褒め言葉に気を良くしたのか、棗は上機嫌で取材を始めて。
 警戒する程の質問はしてこなかった。
 それに明としても、ボロを出す訳にはいかなかったから、警戒する以上にRAIKAとして最新の注意を払った。


 取材が終わると、RAIKAは棗と握手を交わす。
「本日は取材に応じて頂き、ありがとうございました」
「いえいえ〜。美人なオネーサンと一緒の仕事は僕にとって至福の時間ですから☆」
「本当にお上手」
 そう言って棗はニコニコ笑顔だ。
 けれども、晶の表情は終始硬いままで。
 仕事に対して真剣に取り組んでいるから、というには少し違うような気もして。
 明はそれがずっと引っかかっていた。


 仕事が一段落して明が一息ついていると、茅が話し掛けてきた。
「ライカ、お疲れ様。取材はどうだった?」
 どうやら、事前情報での雑誌記者のイメージから、取材内容が気になっていたらしい。
 一所属アイドルの取材に事務所社長が立ち会う訳にもいかず、気が気じゃなかったのだろう。
 小さな事務所なら、社長兼マネージャーという手もあるが、クレヴァリーはそれなりに大手の事務所。そういう訳にもいかない。
 気を揉む茅に、明は少し考えて言う。
「あー……多分、だけど。大丈夫じゃないかなぁ……?最初に美人だってすっごい褒めたら、すっごく上機嫌になってたから」
「そう……でも、油断は禁物よ」
「はーい」
 そう返事をしながら、明は晶の事を考えていた。

 晶さん、公園ではあんなに笑ってたのに。
 何で全然笑わなかったのかな……。

 RAIKAの前で、緊張していたのとは違う。
 少しだけ、冷たさすら感じる眼差し。
 あれはプロのカメラマンとしての視線とは別だ。
 真剣にファインダーを覗く彩を身近で見ているから知っている。
 被写体の最高の一瞬を捉えよう、というものではなかった。
 もっと別の、何かが混じっていた。
 けれど明にはそれが何か分からなくて。

「……電話して聞いたら早いけど、それだとライカの正体がバレちゃうしなぁ……」

 折角気付かれなかったのだ。
 できる事なら、このまま隠し通したい。
 RAIKAは自分とは別の存在なのだから。

 結局、いくら考えても答えは出なくて。
「ライカ。そろそろ移動の時間よ」
 次の仕事の時間も迫り、明は考えるのを止めて、集中する事にした。