取材のあった日から数日。
 明はずっと悩んでいた。
「……晶さんにどうメールしたらいいか分からない……」
 そう。
 明は晶にごく自然な流れでメールする方法が分からないのだ。

 明はRAIKAの時でこそ明るく軽い性格を演じてはいるが。
 実際には恋愛経験は皆無に等しい。
 勿論、片想いぐらいならした事はあるが、そこから先に進んだ事はない。
 その最たる理由としては、やはり屈折した思春期による所が大きい。
 地味に目立たないように過ごしてきた明には、告白する事もされる事も有り得なかったからだ。
 しかも晶は自分よりも年上の女性。
 何時、どんな時に、どういうタイミングで、どんなメールを送ればいいのか分からないのだ。

 だから明は暇さえあれば携帯の画面とにらめっこをしていて。
「えー……無難にこんにちは、とか?うーん……覚えてますか?は失礼かな。……その前にアドレス消されてたらどうしよう……」
 延々とそこから抜け出せなかった。
「……あーもう!気分転換に公園にでも行こう」
 悩んで悩んで悩みすぎて、ついに頭が爆発しそうになった明は、時間を確認してから以前晶と出会った公園へと足を運ぶ事にした。
「明!どこに行くの!?」
 途中、茅に呼び止められて明は不機嫌そうに言う。
「散歩!時間はまだ大丈夫でしょ?」
「……この間みたいにギリギリになったら承知しないわよ」
「……分かってるよ」

 人気があるとはいえ、RAIKAはまだまだ新人だ。
 仕事に遅れる事などあってはならない。
 この業界では、特に大御所との共演が決まっている場合、遅刻が致命的になりかねない。
 だからどんな仕事でも普段から、現場には通常の入りよりも早く行く、という事を心掛けておかなければならない。
 早く行き過ぎると逆にスタッフの迷惑になるから、そこは考えて行動しなければならないが。


 明は公園をブラブラと当てもなく歩いて。
 多少、晶がいたりしないかと期待していたが、それもなく。
 目に入ったベンチに座って、深く溜息を吐く。
「そーだよね……いる訳ないよね……」
 あの日、晶がここにいたのは全くの偶然で。
 RAIKAの取材時間までの暇潰しに、ここで写真を撮っていた。
 きっとそういう事なのだろう。
 そう結論付けて、明はもう一度溜息を吐く。

「そんなに溜息吐いて、どうしかしたの?」

「!?」
 急に後ろから声を掛けられて、明はビクッと肩を揺らす。
 けれど、その聞き覚えのある声に、バッと後ろを振り返る。
「晶さんっ!?」
「こんにちは。奇遇ね」
 そこには、前の時と同じように首からカメラを提げた晶が、にこやかな表情で立っていた。
「え、あ、う……」
 突然の再開に驚き過ぎて、明は咄嗟に言葉が出てこない。

 あんなに会って話がしたいと思っていたのに。
 今日だって、偶然会えはしないかと期待してたのに。
 いざそうなると、何を言えばいいのか分からない……っ!

「明君?どうかしたの?」
 様子のおかしい明に気付いて、晶は顔を覗き込むように近付けてくる。
「っ!?」
 その事に、明は思わず赤面して体を仰け反らせた。
 それを見て、晶は目をぱちくりさせる。
「あ、いや、そのっ……!」

 変に思われたかもしれない。
 失礼な奴だって思われたかもしれない。

 その事に焦って必死に手と首を左右に振るが、やっぱり言葉は出てこなくて。
 その内、晶がクスリと笑い声を漏らした。
「大丈夫。落ち着いて?」
 首を傾げながらそう言われ、明はコクコクと頷く。
 そうして晶は、明が話し出すまで微笑みながら待っててくれた。
「っあの……」
「なぁに?」
「あ、晶さんに、会えたらいいなって……」
「うん」
「でも、会えるなんて、思ってなくて」
「そうだね」
「……会えて、嬉しい、です」
 そう言っている間、明は何となく晶の顔は見れなくて、俯きながら視線を彷徨わせていて。

「ありがとう。私も嬉しいわ」

 その言葉に、ようやく顔を上げた。
 視線が合うと、ニッコリと微笑まれて、それが何だか無性に嬉しくて。
 明はへへっと照れ笑いする。

 晶さんのはきっと社交辞令だろうけど。
 でも、それでも笑顔を向けられるのは嬉しい。

 何でだろう、と明は一瞬疑問に思って。
 答えはすぐに出た。


 ――ああ、そうか。
 僕、晶さんの事、好きなんだ。