そう自覚すれば、今まで感じていた焦りだとか、訳の分からない動揺は落ち着いて。
逆に妙に落ち着いた気持ちになる。
「……晶さんは、仕事の合間?」
「ううん、今日はオフ。前に会った時は、この近くで仕事があって、時間潰しだったけど」
「じゃあ、この公園にはよく来るの?」
「うーん、その予定、かな?」
「予定?」
「ええ。家の近所とかはもう粗方撮っちゃってるから、新しいモチーフを探してたの。で、この間初めてここに来て、暫く通おうかなって」
「そうなんだ」
気持ちが落ち着いてみると、明は普通に喋れるようになっていて。
こういう時、アイドルの経験が役に立つと内心いつも思う。
アイドルでいると、自然人前に出る事が多くなるし、多くの人と関わる事になる。
そこではミスは許されない。
多少のミスなら大目に見てもらえる事もあるが、大きなミスはそのまま仕事の減少に繋がる。
だからいつもある程度の緊張感を持って仕事に臨んでいるし、いざという時の度胸も身に付く。
それに明は、RAIKAを演じる事で、自分の気持ちと状況を理解していれば、ある程度自分をコントロールする術を身に付ける事ができた。
現に今だって、明は好きな人と話をしている、という高揚感と共に、緊張感も感じている。
それでも普通に話せているのは、自分をコントロールできているからだ。
昔の自分と比べると、明らかに度胸が付いたな、と思いつつ。
明は、少しだけ気になっていた事を聞く。
「そういえば……前に会った時、ちょっと急いでたけど。何の仕事だったの?」
本当は聞かなくても知っている。
あの後、RAIKAとして会っているのだから。
明が本当に知りたいのは、あの時のRAIKAに対する晶の態度の訳。
初対面だから、というのは理由にはならないだろう。
直前に公園で会った時は、今と同じようににこやかに接してくれたのだから。
「うーん、言ってもいいのかな……」
少しだけ迷う素振りを見せて、だが晶は一つ頷いて口を開く。
「ま、いっか。どうせ雑誌は発売されるんだし、事務所の住所は公開されてるんだし。あのね……あの日は、ライカの取材があったの」
「ライカって……アイドルの?」
「そう。ライカの事務所がこの近くでね。私の姉が雑誌記者をしてるんだけど、そのカメラマンとして随行したの」
「じゃあ、晶さんって普段は雑誌カメラマンなんだ」
「……うん。目標は、プロの風景写真家なんだけどね。写真家のアヤって知ってる?あの人みたいな写真が撮りたいんだ」
「へ、へぇ……」
他でもない自分の兄の名前を出されて、明は口の端を引き攣らせる。
まさか、晶さんが彩兄を尊敬してるとは……。
なんか癪だから、彩兄の事は暫く黙っておこう。うん。
そう固く心に誓い、明は話をRAIKAの話題に戻そうとする。
「あ、アヤってさ、ライカとかのアイドルの写真も撮ってるじゃない?アヤと同じ人物を撮ったって事になるんだね」
「スタジオで写真を撮るのと、雑誌の取材で撮る写真は違うわよ」
そう言って苦笑する晶に、言われてみれば、確かに状況も設備も違うと思い直す。
スタジオで撮る写真は、雑誌の表紙だったり、写真集に使われたりするから、メイクに気を使ったり、動きを取り入れたりしてて。目線も意識もカメラに向ける。
けれど、雑誌の取材で撮る写真は、あくまで対談がメインだからその最中に撮る、といったイメージが強い。つまり、目線も意識も対談相手に向けられる事になるのだ。
だからその場合、被写体の魅力的な表情を引き出すのは、カメラマンの腕ではなく、記者の話術という事になる。
「色々あるんだね。……それで、その……晶さんはライカに会って、どう思った……?」
つい歯切れが悪くなってしまったが、明にとっては、それが最も重要な質問で。
思わず固唾を呑んで、晶の答えを待つ。
「どうって……テレビで見る印象そのままって感じだったけど」
その答えに、明はどう判断していいのか分からない。
つまり。
それって。
……どういう事?
え、何?世間一般のRAIKAに対する評判と同じって事でいいの?
それともこの場合、晶さんがRAIKAに対して抱いてる印象って事?
そんな感じで明が頭を抱えたくなっていると、晶の口から信じられない言葉が放たれた。
「……私、ライカって嫌い」
あまりにも衝撃的な一言に、明は一瞬固まり。
聞き間違いかと気を取り直して、聞き直す。
「……晶さん、今、何て?」
「ライカの事、嫌いって言ったの」
「っ……!」
RAIKAは自分が演じているアイドルであって、自分自身の事を否定された訳ではない、とは思っても、ショックである事には変わりなくて。
何だか泣きそうになる自分を抑えつつ、明は理由を聞いてみる。
「因みにどの辺りが……?」
すると晶はそれには答えず、じっと明の顔を覗き込む。
「明君……もしかして、貴方……」
「え……な、何?」
まさか。
僕がRAIKAだってバレた!?