そう考えて内心焦るが。
「ライカのファンなの?」
 その言葉に拍子抜けすると同時に、心底安堵した。
 RAIKAの正体はバレていないらしい。
「あはは……まぁ、ライカは人気アイドルだしね」
 取り敢えずそう誤魔化しておく事にする。
「そっか……そうよね。普通はライカの事嫌いなんていう人は少ないわよね」
 そう言って晶は、少し考える素振りをする。
「そうねぇ……これは私個人の勝手な感想なんだけど」
「うん」

「ライカからは、何も伝わってこないの」

「え……?」
「ああ、ごめんなさい。これじゃ分からないわよね。ええと、そうね」
 そうして晶は言葉を選びながら続ける。
「芸術・芸能に関わる人なら、大抵の人がそうだと思うんだけど……伝えたい事とか、表現したい事とか、何か目的があって、その道に進む訳でしょ?まぁ、 例外はいるでしょうけど」
「目的……」
「画家なら絵で。写真家なら写真で。勿論それは、俳優や歌手、芸人とかのいわゆる芸能人も同じ分野に属すると思うの」
「俳優なら演技で。歌手なら歌で、って事?」
「そう。……でも、ライカの歌からは何も伝わってこない。歌自体は上手いと思うけど、それだけ」
 その言葉に、明は頭を殴られたような衝撃を受けた気がした。

 アイドルの仕事は嫌いじゃない。
 けれど。
 何だか違うと、ずっと感じてきた。
 でもそれは。
 ――気のせいなんかじゃなかった。

 流される形でこの業界に入る事を決めた自分。
 でもそれは、兄に対するコンプレックスからくるもので。
 何かを伝えたい訳じゃなかった。

 やっと分かった。
 ずっと感じてきた違和感の正体は。

 芸術・芸能の分野に真面目に、真摯に取り組んでいる人達を冒涜するような、生半可な自分自身。

「プロにもなっていない私が、ちゃんとプロとして成功してる彼を批判するなんて、何を生意気に、って言われるかもしれないけど――」
 晶が苦笑しながらそう話していると、明は突然その手を握った。
「晶さん、ありがとう!」
 突然お礼を言う明に、晶は目をパチクリさせる。
「あ、明君……?」
「晶さんのお蔭でやっと解った気がする!」
 アイドルになってから、ずっと感じていた違和感の正体が解ってスッキリした表情の明とは違い、何が何だか分からない晶は困惑するばかりで。
「どういたしまして……?」
 そう言いながらも、首を傾げてしまう。
 しかし、うんうんと首を縦に振り、自己完結してしまっている明は、そんな晶の様子に気付く事はなくて。
 不意に時計を見て、叫び声を上げた。
「ああっ!?もうこんな時間!?晶さんゴメン、僕この後用事があって……」
「そ、そう」
 そのまま別れようとして、けれど明は思い切って聞いてみる。
「……後で、連絡していいですか……?」

 散々迷って送れなかったメール。
 今度こそは、送りたい。
 自分の気持ちを自覚したからこそ、余計に。

 そうして明がドキドキしながら答えを待っていると。
「ええ、それは勿論」
 笑顔と共に、そんな言葉が返ってきて。
「じゃあ、また後で連絡します!」
 明は満面の笑顔でそう言うと、晶に手を振りながら、その場を後にした。


 事務所に戻ると、当然、茅に怒鳴られた。
「ライカっ!何してたのよ!?」
「ごめん、お小言は後で聞くからっ」
 その言葉に、移動時間ギリギリという事が分かっている茅は溜息を吐く。
「……こうなったら、キッチリ仕事こなしなさい!」
「分かってるって!行ってきますっ」
 そんな感じでバタバタと慌しく準備をして、車に乗り込んで。
 仕事には無事に間に合ったが。
 だからといって、茅からのお小言がなくなった訳ではなく。
 仕事を終えて事務所に戻ってきた明は、社長室に呼び出された。


「全く……時間には余裕を持って行動しなさいって、いつも言っているでしょ?突然のハプニングで現場に遅れたらどうするの」
「……ごめんなさい」
「で?遅くなった理由は」
「うっ……」
 聞かれて明はサッと視線を逸らす。
「あーきーらー?」
「ちょっと、その……知り合いに会って……」
「知り合い、ねぇ?」
 茅は訝しげな視線を向けるが、明は絶対に目を合わせようとしない。
「……」
「……」
 暫く無言状態が続いたが、先に折れたのは茅の方だ。
「……全く、兄弟三人揃って頑固なのよね、貴方達は。でも、三度目はないと思いなさい」
「茅姉……ありがとう」
 お礼は素直に言う明に、茅は苦笑しながら息を吐く。
「今日はもういいわ。明日も早いから……」
 そう言う茅の言葉を遮るように、明は口を開く。
「茅姉。この間、僕が作詞したやつなんだけど」
「ああ、あれなら問題なく通ったから……」
「書き直しさせてもらっていい?」
「……え?」

 仕事中、ずっと考えていた。
 綺麗な言葉を並べただけの歌詞じゃなくて。
 誰かの心に届くようなモノを作らなくちゃ。

「あの歌詞じゃダメなんだ」

 晶さんに、もう一人の僕を認めて貰う為に。