「ねぇ咲ちゃん。良かったね」
 他の班の子の様子を見に行く途中で、桃花が小声で話し掛けてきた。
「え、何が?」
「だって先生に褒められたから」
 まぁ……確かに。
「でも先生に仕事押し付けられたじゃない」
 すると桃花は、一瞬目を丸くして、すぐに微笑んで言う。
「えー?違うよぉ。『押し付けられた』んじゃなくて、『任された』の」
 それってどう違うんだろう?桃花は続ける。
「だって生徒の監督と指導は先生の義務なんだよ?確かに色々見て回らなきゃいけないから大変だろうけど……でも放棄しちゃいけない事だよね?」
 確かに。一理あるかもしれない。
「なのに先生は咲ちゃんに『任せる』って言った。それってつまり、咲ちゃんになら安心して自分の仕事を手伝わせる事が出来るって事だよ。……凄く信頼されてると思うよ?」

 ……先生が。

 信頼してる?

 私を……?

 でも。
「……そう、なのかな」
 自信が無い。
「大丈夫。咲ちゃんは信頼されてるよ」
 笑顔でそう言う桃花に、咲は少しだけ自信を持つ事にした。


 他の班の子の様子を見ながら、ふと直樹の姿を探してみる。
 すると直樹は、隣のクラスの子達の所にいた。
 キャッキャと、騒ぐ声が聞こえる。

 あ。先生、手に顔を埋めてる。
 きっと、「お前等なぁ……」とか言ってるんだろうな。

 一度直樹がしゃがんで、その姿が周りの女の子達に隠れて見えなくなった。
 暫くすると、女の子達の間から「すごーい」とか言う声と、拍手が聞こえてきて、再び立ち上がった直樹の姿が見えた。

 その時。
「――っ!」
 女の子達の内の一人が、直樹の腕に抱き付いた。

 ――ショックだった。

 見ていたくないのに、視線を逸らせない。
「咲ちゃん、どうかしたのー?……咲ちゃん!?」
「え……?」
 驚いたような桃花の声。だが、目の前が霞んでよく見えない。
 ……あれ?
「なん……っ私、あれ?どうし…て……」

 泣いていた。

 慌てて拭うが、涙は後から後から溢れて止まらない。
「咲ちゃん大丈夫?先生、呼んで来ようか?」
 心配そうに桃花が聞いてくる。
「ダメッ!やめて、お願い……泣いてるトコ、見られたく…な……」

「生田ッ!」

「……セン…セ……」
 恐らく別の誰かが呼んだのだろう。いつの間にか直樹がすぐ傍にいた。
「どこか、怪我でもしたのか?」
「あ……平気、です。……多分煙が目に入っちゃったんだと思います」
「……そう、か……なら、いいんだが……」

 本当の事なんて言えない。言ったらきっと……嫌われてしまうから。