咲が桃花を見つけたのは、一階ロビー傍の自販機の横。
 つまり桃花と別れた場所だ。
「よかった、まだ居た……。とう…か……」
 姿を見つけて安堵し、声を掛けようとしたその時。
 桃花が一人ではない事が分かった。
「あれって……」
 一緒に居たのは木暮凍護だった。

 桃花の好きな人。

 それを見て、邪魔してはいけないと思った。
 だって桃花、物凄く幸せそうな顔してる。
 咲はその場から、そっと立ち去る事にした。
 そうは言ってもこんな顔のままじゃ部屋にも戻り辛い。
 外に出るのは禁止されているし、どうしようかと思った時。
 ある場所が目に留まった。

『非常階段』

「……」
 一瞬、見つかったら怒られるかも、と思ったが、咲はそのまま非常階段への扉を開けた。
 五月も終盤とはいえ、山の中であるここは夜はまだまだ肌寒い。
 だがそのお陰で、気分はかなり落ち着く。
 暫くしてから、化粧室で顔を洗い、鏡で目が腫れていないかチェックして部屋に戻る。


 部屋にはもう既に桃花が戻って来ており、彼女は咲を見るなり抱き付いた。
「咲ちゃん聞いて!木暮君、付き合うのOKしてくれたの〜っ!」
「……本当に?良かったじゃない、桃花!」

 そっか。さっきのは告白してOK貰ってたんだ。
 そう思ったら、何だか自分の事のように嬉しくなった。
 本当、邪魔しなくて良かった。

「あー、でもなんか意外。木暮君って女の子に興味なさそうだもん。……でも本当におめでとう。幸花にも報告しなきゃだね、桃花」
「うんっ!ありがとう」
 はにかむような笑顔を見せる桃花に、こちらも自然と笑みが漏れる。
「で……咲ちゃんは先生と何かあった?」
「え……」
 先程までとは打って変わった桃花の真剣な表情。

 う、鋭い。

 とぼけようかとも思ったが、きっと彼女には通用しない。
「先生、ね。生徒とは恋愛する気、無いみたい」
 それでも心配は掛けたくなかったから、わざと明るく言う。
「……無理、しなくていいよ?」
「ん……平気」

 本当は、あまり平気ではなかった。
 でもこれは自分で立ち直らなきゃいけない事だし、今泣いてしまったら桃花はきっと、自分が応援したからだ、と気に病んでしまうだろう。
 そう思って咲は、笑顔でいる事にした。