「取り敢えず、何か策はあるのか?」
「あー……奥の手は、一応。どこまで通用するかは分からんが」
「そうか。ま、相手は何をするか分からないしな。どんな手だ?」
 龍矢にそう聞かれて、直樹は自分の考えている策を話した。


 話を聞き終えた龍矢は、少しばかり思案する。
「……そうか。それならいっそ、理事長に今話したらどうだ?」
 突然の龍矢の提案に、直樹は呆れる。
「は……?バカ言え、そんな事出来る訳ないだろ。コレはあくまで、咲の事を誰かに勘付かれた時の策なんだぞ?」
「そりゃ、リスクは伴うがな。今回の場合は別だ。すでに脅されてるんだし、先手を打たないと面倒な事になるぞ」
「けどな、逆にその場でクビ切られる可能性だってあるんだぞ?」
「じゃあお前、先手を打って自分だけクビになるのと、後手に回って咲ちゃん巻き込んでクビになるのとどっちがいいんだ?」
「っ!」
 龍矢の指摘に、直樹は眉を顰める。
「大丈夫だ。理事長は……というか、あの一家は話の分かる人間ばかりだからな。きちんと相手の話を聞いた上で、公正に物事を判断してくれるさ」
 その言葉に、直樹は訝しげな顔をする。
「……何、お前。何か理事長一家と特別な繋がりでもある訳?」
 すると龍矢は一瞬視線を逸らし、フッと笑って言う。
「特別と言える程の繋がりはないさ。ただ、俺の周囲に関わりを持った人がいたってだけだ」
 過去形で話す龍矢に、直樹はそれ以上聞くのは止めた。
 何故だか少し、寂しそうに見えたから。
「ま、理事長息女を見れば、言わなくても分かるだろ?」
「あぁ、あの生徒会長ね……」
 理事長息女の月羽矢琴音を思い浮かべて、直樹は納得する。

 成程、確かに話は分かってくれそうだ。
 子は親に似るというからな。

 直樹がそう思っていると、龍矢は大きく息を吐きながら言う。
「しかし怖い事平気でするよな、あの子」
「今が良けりゃそれでいい、ってな。後先考えてないし、善悪の判断も付いてない。頭の悪いクソガキのする事だ」
 直樹がそう言うと、龍矢が笑う。
「それは経験論か?」
「はぁ?何でそうなる」
「いや、だって大学の頃は不特定多数の相手と遊びまくってただろ。それこそ、今が良ければそれでいい、みたいに」
「ぐっ……」
 龍矢の指摘に、直樹は反論できない。

 それもそのハズ、大学時代の直樹はまさにその通りだった。
 特定の彼女を作らずに、その時々が楽しければいい、と。
 教師になってからは、忙しくてそんな暇がないだけで、考え方は変わらなかった。
 咲に出逢うまでは。

 咲に出逢って、次第にその存在が自分の中で大きくなって。
 誰かを本気で好きになったのは、もしかしたら咲が初めてなのかもしれない。
 たった一人の事を想う。
 それは、心がとても満たされた感じがして。
 とても心地良い感覚だった。
 だからこそ、失いたくない。
 失う事なんて出来ない。
 まして、辛い思いもさせたくはない。
 だから。

「……理事長にアポ取らなきゃな」
「傍に付いててやろうか?」
「馬鹿言え。ガキじゃあるまいし、俺の問題だ」
 憮然としながら言った直樹に、龍矢は笑みを浮かべる。
「ま、頑張れ」
「トーゼン」
 そう言う直樹は、ニヤリとした笑みを口元に浮かべた。