月羽矢学園の理事長は、月羽矢グループの総帥も兼ねていて。
 非常に忙しい身なので、普段から学園にいる訳ではない。
 けれど月羽矢グループにとって、月羽矢学園は事業の原点だ。
 だから理事長も、なるべく学園に顔を出すようにしている。

 内容が内容だけに、出来れば他の先生方には秘密にしておきたい直樹は、表立って理事長にアポイントメントを取る事が出来ず。
 ひたすら理事長が学園に来るのを待つ日々だ。
「理事長に会えるのが先か、それとも相手が動くのが先か……」
「ま、お前が一人にならなければ、あの子が動く事もないだろ。もう少し気を落ち着けろ」
「……そうだな。あとは咲に気付かない事を祈るのみ、か……」
「同じクラスじゃないんだろ?部活が一緒って訳でもない。あの子が女子生徒全員をくまなく調べない限りは大丈夫だと思うがな」
「この学園の生徒っつー可能性に気付いたら、やりそうだがな」
 日が経つにつれてテンションが下がっていく直樹に、龍矢は呆れたように言う。
「そんなに気になるなら、本人に直接聞いたらどうだ?何か変わった事はないかって」
 暗に、逢いに行けと言っている龍矢に対し、直樹は眉を寄せる。

 ここ数日、直樹は一度も実家に寄っていない。
 最近は週に3、4度は顔を出すようにしていただけに、たった数日が長く感じられるから不思議だ。
 咲と付き合う前は、何ヶ月も実家に顔を出さない事なんて当たり前だったのに。

「お前な、今一番ヤバい時だろうが。何寝ぼけた事言ってやがる」
「別に家から出なければいいだけの話だろう?」
 その当たり前すぎる指摘に、直樹はかなり自分が精神的に追い詰められているのを悟った。

 こんな状態のままじゃダメだ。
 状況を打破する為に理事長と話をしようってのに、今のままじゃ絶対に失敗する。
 こちらに有利な流れを作る、その為には。

「龍矢」
「何だ?」
「今度飲みに行った時、奢るわ」
「おう」
 そうして直樹は、龍矢の薦め通り一度実家に帰る事にした。


 事前に咲にメールをし、久し振りに実家に顔を出すと、咲が嬉しそうに出迎えてくれた。
「直樹さん、おかえりなさい」
 はにかむような笑顔でそう言う咲に、直樹は自分の中に暖かいモノがじんわりと広がっていくのを感じた。
「嬉しそうだな、咲」
 愛おしそうに目を細めると、咲は恥ずかしそうに言う。
「だって……直樹さんがココに来るの、何だか久し振りだから……」
 その言葉と態度に、直樹はつい意地悪をしたくなる。
「そんなに俺に逢いたかった?」
 わざと咲の耳元で言ってやると、案の定、耳が弱い咲は顔を真っ赤にさせる。
「あ、逢いたかった、です……」
 それでもそう言う咲に、直樹は満たされた気持ちになる。

 護りたい、何が何でも。
 この顔を、曇らせたくない。

「咲。最近学校で変わった事とかないか?」
「……?いいえ。何かあったんですか?」
 心底不思議そうな様子の咲に、直樹はホッとする。
 本当に何かあれば、咲は絶対に態度に出るだろう。
「ちょっとな。何もなければいいんだ」
「はい……」
 首を傾げる咲の頬に、直樹はサッと口付ける。
「な、直樹さんっ!?」
「さ、今日の晩飯は何かな〜」
 一気に慌てたような態度になる咲の頭をポンと優しく叩いて、直樹はリビングに向かった。