それから数日後。
「おはようございます」
出勤した直樹に、龍矢がこそっと耳打ちする。
「直樹。今日は理事長、来てるみたいだぞ」
「マジで!?……いよいよか」
「いつ行く気だ?」
「あー……っと、3時限目が授業入ってないから、その時にするわ。早めに行くに越した事ないだろ」
「頑張れよ」
「おう」
職員会議の前に、そんな事を二人でこそこそと話して。
そうして3時限目、直樹は理事長室の前に立っていた。
今は授業中。
廊下を行き交う者は誰もおらず、辺りはシンと静まりかえっている。
「……」
重厚な理事長室の扉を前にして、直樹は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
いよいよだ。
この成否で未来が大きく変わる。
絶対に、失敗は許されない。
少なくとも。
――咲だけは護る。
そう決意を胸に、一度深く深呼吸をすると、直樹は目の前の扉をノックした。
「高等部普通科数学担当、早坂直樹です。失礼致します」
そう名乗り、扉を開けると深く一礼する。
すると、直樹の想像に反して、物腰柔らかな声が聞こえてきた。
「おや、早坂先生。どうかしましたか?」
直樹が顔を上げると、理事長は机の向こうから穏和そうな笑みを浮かべていて。
もっと厳しそうな、鋭い眼差しを予想していただけに、少しだけ面食らい、また少しだけ肩の力が抜けた。
「お忙しい所、申し訳ございません。実は折り入って、ご相談がありまして……」
「相談?それは学園に関する事かな?それとも……」
「私個人の事です。……ですが、場合によっては学園にもご迷惑をお掛けする事態になりかねません」
直樹がそう言うと、理事長は机に両肘を付いて手を組み、身を乗り出してきた。
「まずは内容を聞こうか」
理事長のその様子に、直樹はただならぬプレッシャーを感じる。
表情は先程までと変わらず、穏和そうな笑みを浮かべているのに。
纏う雰囲気が明らかに変わった。
やはり月羽矢グループを背負う立場なだけはある。
直樹はそのプレッシャーに負けじと、丹田に気を集中させる。
弓道場で、射をする時のように。
心を、気持ちを落ち着かせる。
「先日、訳あって一緒にいた女生徒との写真を、別の女生徒に撮られました」
「それは、プライベートで?」
「はい。……その写真を撮った女生徒は前々から私に好意を寄せており、“私と付き合ってくれなければ、写真を公表する”と、現在脅されています」
「……脅迫とは穏やかではないね」
話の内容に、理事長は流石に眉を寄せる。
「それで、女生徒とプライベートで一緒にいた訳とは?」
淡々とそう聞いてくる理事長に、直樹は内心驚く。
もっと何かしらのリアクションを予想していたのに。
龍矢の言っていた通り、確かに話の分かる相手らしい。