理事長の対応に安堵し、直樹はある書類を取り出す。
「……これが一緒にいた女生徒です」
 それは、咲の個人情報の書類で。
 それと共に、直樹は自分の運転免許証も出す。
「住所の欄を見ていただければ分かると思いますが……」

 咲の書類には、実家住所と下宿先住所が。
 直樹の免許証には本籍地と現住所がそれぞれ記載されている。
 その4つの住所で、同じ場所が記載されているのは咲の下宿先と直樹の本籍地。
 だから、それを見せれば全てが一目瞭然だ。
 直樹が実家を出て暮らしている事や、その直樹の実家に咲が下宿しているという事は。

「……この女生徒の下宿先の住所は、君の本籍地と同じだね」
「ええ。私の実家です」
「ふむ。現状は概ね理解した。だがそれでは実家外の場所で一緒にいた事の説明がつかないが?」
 理事長の質問は当然だ。
 実家で顔を合わせる分には不可抗力だが、写真を撮られたとなると、それは当然公共の場で一緒にいた、という事になるからだ。
「実家に顔を出した時、二人で食材を買ってきて欲しいと母に言われたんです。日も暮れてましたし、車の方が安全だからと」
「成程。だがそれなら、君一人で行くべきだったのではないかな?」
 もっともな指摘に、直樹はグッと詰まったような表情をする。
「……お恥ずかしながら、色々とこだわりがあるらしい母に、別の商品を買ってこられては困る、と押し切られてしまって……」
 直樹がそう言うと、理事長はハハッと短く笑ってから言う。
「家事を任されている女性は、時に男性よりも強いからね。母親は特に」
「……全くです」
 思わず嘆息を漏らすと、理事長が口を開く。
「だが、ある程度自炊をしていれば買い物も必然的にするだろう。それなのに押し切られたと?」
「……それが、私は自炊は全く……」
「おや。自炊は大切だよ?教師という職業は体が資本だからね」
「面目ありません……」
 痛い所を突かれて、段々と声が小さくなった直樹は、一度コホンと咳払いをして気を取り直す。
「実は、この女生徒との関係性について、もう一つあるのですが」
「ただ実家に下宿しているだけの関係ではないと?」
「ええ」

 出し惜しみしている場合ではない。
 万が一、あの写メが誰かの――理事長の目に触れた時、実家に下宿しているだけの間柄では通せない可能性がある。
 頭を撫でたり、顔を覗き込んだり。
 親密そうな様子を写したその写メは、二人の仲を疑われてもおかしくない代物だ。

 直樹のもう一つの奥の手。
 それは。
「そもそも彼女は、母が高校時代に大変仲が良かった同級生の娘で。お互いに結婚してからも二人は顔を合わせており、その為、私が彼女と初めて顔を合わせたのも、 彼女が赤ん坊の時なんです」
「つまり、昔からの知り合いだと?」
「ええ」
 これは事実半分、ハッタリ半分だ。

 咲が母親の同級生の娘だというのも、初めて逢ったのが赤ん坊の時というのも本当だ。
 赤ん坊の咲を抱っこして写っている直樹の写真だってある。
 だが、逢ったのはそれ一度きりだ。
 昔からの知り合いと言うには、大げさすぎる。
 しかし、こうでも言わなければ写メを見られた時の説明ができない。
 昔からの知り合いという事にしておけば、年の離れた妹にするみたいに接しているんだなと、錯覚させる事が出来るからだ。