それから数日経って、思いがけず転機が巡って来た。

 直樹は時々、授業などの提出課題を授業後に数学教官室まで、生徒に集めて持ってこさせる時がある。
 そうして、たまたま直樹が数学教官室に一人でいた時。
 志保が集めた課題を持ってきたのだ。

「早坂せーんせ、課題持ってきましたぁ」
「……神沼。俺は確か、別の奴に持ってくるのを頼んだはずだが?」
「えぇ〜?別にぃ、誰が持ってきてもいいじゃないですかぁ。それよりぃ……今、他の先生はいないんですかぁ?」
「……見ての通りだ」
「やった、らっきー。じゃあ、ちょっとせんせぇとお話してってもいいですかぁ?せんせぇの事ぉ、色々聞きたいなぁって思ってたんですよぉ」
 そう言ってすり寄ってくる志保を避けるように立ち上がると、直樹はやんわりとたしなめるように言う。
「神沼。授業でどうしても分からない所があるなら別にいい。だがそれ以外の話なら、悪いが遠慮してくれないか?こう見えても忙しいんだ」
「そんな冷たい事、言わないで下さいよぉ」
 そう言いながらなおも近付こうとする志保に、直樹は内心でチッと舌打ちする。
「……神沼。教師に馴れ馴れしく接するな。それにわざわざ触れてくる必要もないだろ」
 眉間に皺を寄せてそう言う直樹に、だが志保は笑みを浮かべながら言う。
「何言ってるんですかぁ?スキンシップですよぉ。せんせぇもー、ホントは嬉しいんでしょぉ?ぴちぴちの女子高生に触られて」
 その言葉に、直樹は口元を引き攣らせる。

 誰が、嬉しがってるって……?
 ふざけるな。俺はお前みたいな女、大嫌いなんだよ。
 馴れ馴れしく接してくるその態度も。
 甘ったるく男に媚びるようなその口調も。
 思い上がったその思考も。
 二度と、俺の周りをうろつくな。目障りだ。

 そう言いたいのを何とか堪えて、直樹は言う。
「じゃあ聞くが、そのスキンシップとやらは他の先生方にもしているのか?」
「え〜?もしかしてぇ、ヤキモチですかぁ?」
 ニヤニヤしながらそう言われ、直樹は思わず半眼になる。

 ……馬鹿か、コイツ。
 どれだけ思い上がった思考してるんだ。
 生徒じゃなかったら、今頃キレて暴言吐いてるかもしれないな。

「安心して下さいよぉ。早坂せんせぇ以外にはしませんからぁ」
 だろうな、と思いつつ、これで口実が出来たとばかりに直樹は言う。
「そうか。なら俺にするのも止めろ。迷惑だ。誰に対しても同じならともかく、俺だけ、というのは周りの誤解を招く可能性もあるし……」
 硬い雰囲気と迷惑そうな表情で言うものの、志保は全く意に介さないどころか、開き直るように直樹の言葉を遮って言う。
「誤解されてもぉ、私は全然困りませんよぉ?むしろぉ……そうなってくれた方がいいしー。私、早坂せんせぇの事、大好きですもーん。えへ、言っちゃったぁ」
 その言葉に、直樹は目を細める。

 クソッ、今日は厄日か?
 この手の話はなるべく聞きたくなかったんだがな……。