その後、理事長と簡単な打ち合わせをして。
直樹は立ち上がる。
「では、失礼致します。貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございました」
「礼を言うのはまだ早くないかね?」
「ぅ……では、また後程」
「はい、また後で」
そうして直樹は一礼して理事長室から出ると、深く溜息を吐いた。
「……あーーーーー。すっげぇ緊張した……」
いつもは使わないような敬語を使ったり、一人称を私にしたりと、物凄く気を張っていたから、余計に疲れた気がする。
「……少し休もう」
直樹はそう呟くと、若干フラフラした足取りで数学教官室へと向かった。
直樹が机に突っ伏してダレていると、授業を終えた龍矢が数学教官室に戻ってきた。
「何だ、ダメだったのか?」
開口一番そう言う龍矢に、直樹はガバッと身を起こすと食って掛かる。
「何でテメーはそういう事を言うんだよっ!?」
「いや、力なく机に突っ伏しているのを見れば、誰だってそう思うだろ」
「ちげーよ!緊張が解けて疲れただけだ!」
「じゃあ大丈夫だったのか」
龍矢の言葉に、直樹は途端に勢いをなくす。
「……いや、五分五分」
「何か言われたのか?」
「……相手からも話を聞いて、写真を確認したいとさ」
「あぁ……成程。ま、確かにそれは正しい判断だな」
「本当、お前の言った通り、話の分かる公平な人だよ」
公平すぎるくらいに、と直樹は心の中で付け足した。
「で?どうするんだ。まさか校内放送で呼び出す訳にもいかないだろ」
「……授業後に荷物運びでもやらせるさ」
「成程」
志保ならば、提出課題運びを言えば必ず来るだろう。
脅しの効果があったと期待して。
幸いにも志保のクラスは今日、5限目に授業がある。
そこで放課後、生徒指導室で話があるとでも言えばいい。
後は理事長と二人で、放課後志保が来るのを待つだけだ。
「全ては理事長の判断、か」
「……そうだな」
何となく気落ちしている直樹に、龍矢は元気付けるように言う。
「お前がそんなだと、通るものも通らないぞ」
「どういう意味だよ」
「もっと自信持って、堂々としてろ。護るんだろ?彼女を」
「……おう」
「ただでさえ、お前は理事長に対してハッタリかましてるんだから。気合入れて挑めよ」
「当然だ。ここが正念場なんだからな」
龍矢の言葉に、直樹は気合を入れ直す。
「大丈夫。“諦めなければ、いつか道は開ける”。今がその時だ」
「お前の座右の銘か」
「父の受け売りだけどな。窮地に立たされても、諦めなければ意外に何とかなるもんなんだよ」
「根競べみたいだな」
ハッと笑いながら直樹が言うと、龍矢は真剣な目を向ける。
「折れるなよ」
「当たり前だ」
心が折れたり、妥協してしまえば、道はそこで閉ざされてしまう。
咲の為にも、ここは絶対に譲れない。