まず最初に口を開いたのは理事長だ。
「さて、突然の事で君も驚いた事だろう」
穏やかな口調でそう話し出す理事長に、だが志保は警戒心を露に聞く。
「あの……一体、どういう事ですか」
「ふむ。実は早坂先生から相談を受けてね」
その言葉に志保は、眉を寄せる。
「……どんな相談ですか」
「言わずとも心当たりはあるんじゃないかな?」
黙り込む志保に対し、理事長はフッと息を吐くと話を続ける。
「早坂先生が知人女性と一緒にいる場面を写した写真。私にも一度見せてもらいたいのだが」
「見せるだけ……ですか?」
「ああ。取り敢えず、写真の内容を確認し、今後どうするかを判断するのが私の役目だからね」
ニコニコとそう言う理事長に、志保は困惑の色を見せた。
普通、写真をネタに教師を脅すような生徒は、有無を言わさず退学になってもおかしくない。
写真の消去を強要されて、事件をもみ消してそれで終わり。
志保は、理事長がこの場にいると認識した時点で、そうなるだろうと予想していた。
だから、もし写真の消去を迫られたら、写真を消すフリをしてメモリーカードにデータを移そうと考えていた。
けれど。
理事長の言葉はそれとは違っていて。
だから分からなくなった。
……早坂先生の味方って訳じゃないの……?
と。
志保がそう考えていると、理事長が尋ねる。
「今、写真のデータが入った携帯は手元にないのかな?」
「あ…い、いいえ、あります」
思わずそう答えて、慌てて携帯を取り出した所で、志保は顔を少しだけ顰めた。
このまま渡したら、確認するフリをしてそのままデータを消される可能性がある。
それだけは何としても避けたい。
「……今、写真データを出しますね」
「そうしてもらえると助かるよ」
だがあっさりとそう言われて、志保は拍子抜けする。
「どうかしたのかな?」
「い、いえ」
こちらでやるから貸しなさい、と言われると思っていたから。
なのに、こんなあっさりと……。
これなら、写真データを出すフリをして、メモリーカードにコピーするのは容易い。
それじゃあ、やっぱり理事長は本当に公平な立場で……?
その二人のやり取りを、直樹はやきもきしながら見ていた。
携帯が出た瞬間など、そのままそれを奪い取って、中のデータごと壊してやりたいとさえ思った。
今も、携帯を操作している志保を見て、嫌な考えが頭を過ぎる。
データをコピーするとか、どこかに転送するとか。
もしもメールの添付画像として誰かに送っていたら?
追い詰められたと思って、退学覚悟で自分を道連れにしようと考えるかもしれない。
「これです」
志保のその声に、直樹がハッと我に返ると、丁度写真データを理事長に見せていた。
「どれ?ふむ……」
その事に、直樹は理事長の反応を固唾を呑んで見守った。