直樹の内心の動揺をよそに、理事長は話を続ける。
「第三者の証言を得た事で、納得はしたかな?」
「そ、それは……でも」
「でも?」
「母親なら、息子を庇う可能性だって……」
なおも納得しない志保に、理事長は問いかける。
「成程。確かにその可能性はあるが……早坂先生が若い女性と買い物をしていた、という話を聞いて、彼の母親はどういう反応を示したと思うかな?」
「え?……分かりません」
「だろうね。私も吃驚したよ。こちらが深刻そうに問い詰めているのに、電話口の向こうで笑い始めるんだから」
それを聞いて、直樹は眩暈がした気がした。
ああもう。
理事長からの電話でいきなり笑うなんて、失礼な……。
「写真の二人が付き合っているなら、もっと動揺してもいいとは思わないかな?」
「……」
その指摘に、志保はようやく口を噤んだ。
渋々ながらも納得したという事だろう。
その事に直樹は安堵し、理事長もフッと息を吐く。
「さて、では裁定だ。早坂先生は、今後このような誤解を招かぬよう、私生活には十分気をつける事」
「はい」
直樹にそう言うと、理事長は今度は志保に向かって言う。
「君はその写真を消去し、今回の事は一切口外しない事。いいね?」
だが、志保はその結論に納得がいかないらしい。
「……何で、早坂先生には何も無くて、私だけなんですか」
「どういうことかな」
「だって、私だけ写真消して……先生にももっと何かあってもいいハズです!」
その、なんとも理不尽な要求に、理事長はやれやれといった感じで深く溜息を吐く。
そうして、スッと目を細めた。
「っ!?」
その瞬間、理事長の威圧感が増し、志保は思わずビクッと肩を震わせた。
「君は何か勘違いをしていないか?」
「か、勘違い……?」
「この裁定は、君にとっては最大限の温情なんだが」
温情、と言われても、志保には全く理解できない。
その様子に、直樹も溜息を吐きつつ言う。
「……考えてもみろ。お前は今回何をした?」
「な、何って……」
戸惑う志保に対し、理事長は淡々と告げる。
「刑法第223条、強要罪。生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、三年以下の懲役に処する」
「!」
「未遂の場合も罰するとある。つまり今回の事はれっきとした犯罪行為だ。分かるね?」
「……はい」
「今回の場合、君からの好意を分かっていて、付け入る隙を見せた早坂先生も悪いと私は考える。ようは魔が差した、というやつだ。だから今回は公な処罰はしない。それが最大限の温情だ」
「……」
「だが、今回の事がもし第三者の耳に入った場合……その時はご両親を呼んできちんと説明をし、退学処分にすると共に、警察に行かざるを得ない」
「そ、それは……」
警察、といった言葉に、志保はようやく自分の置かれた状況を正しく理解したようだった。
「その場合は、原因を作った早坂先生にも辞めて頂くしかないだろうが……まぁ、今回の事は警告として、二人とも心に留め置いて欲しい」
「分かりました」
「……はい」
返事をしながら直樹は内心で、これもある意味りっぱな脅迫に近いんじゃないかと考えていた。