理事長はまだ笑いを残しながら言う。
「しらを切り通すかと思ったら……正直な人間は好きだよ」
「はぁ……」
理事長の言葉に、直樹はいまいち状況が飲み込めない。
これは、言っても大丈夫だった、って事か……?
理事長……よく分からない人だ……。
そう思いながら直樹が戸惑っていると、理事長が口を開く。
「本当なら君は、しらを切り通す事も出来た。普通に考えればその方が安全だし、大抵の人間がそうするだろう。特に護るべき存在がいる時は」
「……はい」
「ポーカーフェイスに自信がない場合は難しいだろうが、その場合でも自分が一方的に好意を寄せているだけだと言う事も出来た。……教育者としては危険な思想に捕らえられかねないがね」
その言葉を聞いて、直樹はしまったと思った。
成程、その手があったか。
理事長は咲の事を詳しく知っている訳ではないのだし、どういう関係か聞かれはしたが、付き合っていると確信したような口振りではなかった。
けれど。
やっぱりここは、正直に話すべき場面だと、何故かそう思った。
直樹がそう考えている間も、理事長は続ける。
「だが、君は私に正直に話した」
そうして、フッと笑みを浮かべながら言う。
「それはつまり、私を信頼してくれている、という事かな?だとしたら嬉しい限りだ」
だが直樹にはそんな明確な理由は無くて。
その為、思わず返事も口篭ってしまう。
「あ、えっと……まぁ」
「歯切れが悪いね」
「ぅ……すみません」
理事長の指摘に、直樹は思わず謝ってしまう。
「まぁいい。……誤魔化しや嘘で偽る事も時には必要だがね。それでは肝心な時に人の心を動かす事は出来ない」
「はい」
「こういった場面で正直な人間は、それだけで信用に足る。……また何かあれば言いなさい。出来る範囲で力になろう」
「……ありがとうございます」
理事長の言葉に、直樹は頭を下げる。
どうやら、良い方向に転がったらしい。
理事長の信用を得るなんて、多分容易じゃないだろう。
その事にホッとしていると、釘を刺された。
「ただし、同じような事態だけは招く事のないように。その時は容赦なく処分を受けてもらうからそのつもりで」
「……はい」
「真剣な交際というのであれば、私は口出ししない。人の想いは容易に止められるものではないからね。だからこそ、自分の行動には責任を持ちたまえ」
「はい」
「なに、高校卒業までの辛抱だ。そうすれば人目を憚る事はないのだからね」
理事長の言う通りだ。
咲の高校卒業後の事を考えれば、たった数年の我慢。
その後の長い人生を棒に振る事はない。
話を終えて、直樹はもう一度理事長に頭を下げる。
「では、色々とありがとうございました」
「ああ。これからも職務に励み、頑張りたまえ。期待しているよ?」
「はいっ」
そうして理事長は先に生徒指導室を出て行って。
「……疲れた」
後に残された直樹は、そこでようやく肩の力を抜いた。