その日の夜。
 直樹は今度こそ本当に、何の気掛かりもなく実家へと顔を出す。
「直樹さん、おかえりなさい」
 玄関のドアを開けると、いつものように笑顔の咲が出迎えてくれて。
 その事がとても嬉しかったし、同時に幸せだと感じた。
「ただいま、咲」
 そうして。
 ふと、この光景が新婚のようだと思えた。
 それは勿論、龍矢と交わした“結婚前提”という話が頭にあったからに他ならないのだが。
「咲」
「はい。何ですか?」
 首を傾げる咲も可愛らしいと思いながら、直樹は聞く。
「俺の事、好き?」
 すると咲は、面白いほど慌てる。
「なっ!?何を急に……っ」
「嫌いか?」
 少しだけ落ち込んだ様子を見せれば、咲は必死になって否定する。
「そんな事!ある訳ないじゃないですかっ」
「じゃあ、好き?」
「ぅ……す、好き、です……」
 恥ずかしそうに頬を染めながらそう言う咲に、直樹は自然と笑みが浮かぶのが自分でも分かった。
 そうして耳元で囁いてやる。

「俺も咲の事、スゲー好き」

「……っ!」
「咲、顔真っ赤だな」
「だ、誰のせいですか……」
 恨めしそうにそう言う咲は、まるで熱を冷まそうとするかのように、自分の頬を両手で包んでいる。

 そんな咲の、色んな表情や行動が、全て愛おしくて。
 それらを失わずにすんだ事に、直樹は改めて安堵した。


 そうして夕食時。
「そういえば直樹。アンタ、学校で何かやらかしたの?」
 母親にいきなりそう言われて、直樹は一瞬、何の事だ?と思う。
「今日、いきなりアンタの学校の理事長から電話が掛かってきて、びっくりしたわよ」
「ああ、それか。別に」
 直樹にとってはもう解決した話だ。
 わざわざ話して、咲に心配させる事もない。
「別にって、アンタねぇ……」
「それについてはもう解決済み。理事長の電話は、ただの確認みたいなもんだよ」
「そう?それならいいけど……」
 何もかも把握しているだろう理事長に、自分から暴露したんだから、今更電話の内容がどうだったとか聞く事もないだろう。

 そう思っていると、咲が心配そうに聞いてきた。
「あの、理事長って学校で一番偉い人ですよね……?大丈夫なんですか?」
「大丈夫。理事長は……裁判官みたいに凄く公平な人だから」
 そう。本当にマジで。
「俺は何か悪い事した訳じゃないし、当然、お咎めとかもナシ」
「でも、それじゃあ何かに巻き込まれたって事ですか?」
 意外に鋭い指摘に、だが直樹は咲の頭を撫でながら言う。
「教師も色々と大変って事だ」
 そう言い包めれば、咲も渋々といった感じで頷き、それ以上は何も言わなかった。