それからというもの、暫く様子を見たが、志保は直樹に纏わり付くような事はしてこなくて。
 この間の事で諦めたかと、ホッとした。
 これでもう咲に余計な心配を掛ける事もない。
 そう思った直樹は、咲に逢う為にご機嫌で実家に行く事にした。


「……は?今から咲と一緒に買い物に行け、だぁ?」
 玄関に入るなり母親から言われた言葉に、直樹は顔を顰める。
「買い忘れた物があって、でも咲ちゃん一人で夜道を歩かせる訳にもいかないでしょ?だからアンタが車で一緒に行きなさい」

 確かに辺りももう暗いし、近くのスーパーまで行く途中には、暗い道もある。
 そんな中、咲を一人で出歩かせるなんてとんでもない。
 それに関しては直樹も同意見だ。
 最近は変質者とか痴漢とか、色々と物騒になってきたし。
 咲が襲われでもしたら、と考えると気が気じゃない。
 だが。
 流石にこの近辺で二人で出歩くのはマズいだろう。
 誰に見られるか分かったモンじゃない。
 その辺の近所のオバサン連中ならまだいい。
 だけど、もし学校関係者に見つかったら?
 明らかにそれはヤバい。

 そう考えて、直樹は口を開く。
「……それなら俺一人で行く。何買ってこりゃいいんだ」
 しかし。
「料理しないアンタじゃ、違う物とか買ってきそうで頼みたくないわ」
 馬鹿にしたような母親のその口調に、直樹はムッとする。
「買い物ぐらい出来るに決まってるだろ」
「そう。じゃあふじりんごと王林りんごの違いは?」
「……品種?」

 それ以外に明確な違いなんてあるのか……?
 りんごなんてどれも同じだろ。

 そう思ったが、母親の質問は続く。
「美味しいレタスとキャベツの見分け方、アンタ分かる?」
「え?えっと……」

 スイカなら分かるが。
 ……微妙に自信がない。

「スウィーティーとスウィーティオの違いは?」
「う」

 お、お菓子か何かとか?
 それとも甘い飲み物……?

「マカロニが売り場のどこに置いてあるか知ってるの?」
「……知らねーよ。悪かったな」
 母親の指摘に、直樹は反論する事が出来ず、悔しそうにそう言った。
「そ。じゃあお願いね。ちゃんと荷物持ちするのよ?」
 勝ち誇ったような笑みを浮かべる母親の後ろから、咲がおずおずと顔を出す。
「あの、直樹さん。お願いします」
「……おう」

 仕方ないと諦めて、直樹はせめてもの気休めとばかりに、玄関に置きっぱなしになっていた父親の野球帽を目深に被って。
 そうして咲と二人で車で5分程の近所のスーパーへと向かった。