≪Side:NAOKI≫


 咲が、俺の事を見なくなった。
 それどころか、避けるような素振りさえ見せている。


 野外生活のあの時から。


 野外生活は毎年GW明けの中間テスト直後に行われる、一年生最初の行事。
 長野県にある青少年自然の家で、一泊二日の生活をする。
 その生活の中で、レクリエーションやら何やら様々な事をするのだが、何といっても俺達教師陣が最も苦労するのがカレー作りとオリエンテーリング。
 カレー作りはいつも直前になって、火の担当を女子、カレー担当を男子と、役割交代の指示をする為、毎年生徒達の反感を買っている。
 それに収拾をつけてから、教師陣は手分けをして各班の見回りをしなければならない。
 早く火が点かなければ作れないし、誰だってマズイ飯は食いたかない。

 俺の見回り担当のクラスの中では、咲の班が一番に火を点けた。
 正直驚いた。
 各班順番に手順とコツを教えながら見回っていたのだが、彼女の班は俺が行く前に点けてしまったから。
 やった事は無いが、手順を知識として知っていたという咲に、俺は自分のクラスの他の班を任せて他のクラスの班を見回る事にした。

 俺の担当は自分のクラスと隣のクラス、合計十班。
 それが半分に減るんだから、かなり楽になる。
 咲はかなり不満そうだったが、火が点けばやる事なんて無い。
 半ば自分の仕事を押し付ける形なのは少し悪かったかとも思ったが。
 まぁ、咲なら信頼できるし。
 しっかりしているから危険は無いだろうと、タカを括って。

 そうして隣のクラスの班を見回っていると、どうしても火を点けられない班があったので、時間も迫っていたし、仕方なく火を点けてやる。

 てか、騒ぐだけかよお前等。
 少しは咲を見習え。

 火を点けてやって、立ち上がった所で女子生徒が一人、俺の腕に絡みついて来やがった。
 それが物凄くウザくて、そこから逃れようと横を向いた時だった。
 視界の端に、僅かに捉えた咲の姿。

 ――泣いていた。

 俺は咲に何かあったのかと、思わずその場を駆け出した。

「生田ッ!」
「……セン…セ……」

 か細い声。
 咲、何で泣いている?

 逸る気持ちを抑えて、努めて冷静に聞く。
「どこか、怪我でもしたのか?」
「あ……平気、です。……多分煙が目に入っちゃったんだと思います」
「……そう、か……なら、いいんだが……」
 何の事はなかったが、何も無くて良かった。
 深く安堵すると共に、申し訳ないと思った。
 俺が、自分の仕事を押し付ける形で任せてしまったから。

 ごめん、な。

 そう心の中で呟いて、無意識の内に出しかけてた手を、慌てて引っ込めた。