夕食後の自由時間になると、教師陣は見回りの時間帯になる。
なのに。
どういう訳か女子生徒の一団に捕まってしまった。俺は仕事中なのに。
「いいじゃないですかぁ。お話しましょうよぅ」
猫撫で声で、一人の女子生徒が腕に絡み付いて来やがった。
確かコイツ、かまどに火を点けてやった時もこうしてきたな……。
ガキが色気づくな。十年早いんだよ、ボケ。
あーウゼェ……。
そう思って、何とかここから離れられないかと周囲に視線を向ける。
すると、階段脇に咲の後姿を見つけた。
……後姿で誰だか分かるってのは考えもんだな。
そんな事を考えて、だがそのままだと行ってしまいそうだったので、大声で呼び止める。
「生田!」
彼女は俺の声に気付いたのか、その場に立ち止まってくれた。
そうして纏わり付いている奴等に一言。
「ちょっと自分のクラスの奴に伝言頼まなきゃなんねーから」
と、適当な事を言って、無理にその輪から抜ける。
「生田……と、花咲。丁度良かった。お前等、ちょっといいか?」
咲の他に誰かいるのは分かっていたが、誰かまでは分からず、顔を確認してから名前を呼ぶ。
そういやこの二人、いつも一緒にいるな。
本当はあと一人、向井も一緒にいるのを見るが、彼女は今回不参加だし。
……何かこいつら、二年の弓道部仲良しトリオみたいだな。
さしずめ、花咲が絹川で向井が姫中、咲は南里ってトコか。
……いや、今はそんな事どうでもよくて。
てか、咲は遠くにいても後姿で分かるのに、他の奴は顔を見てからじゃないと分からないなんて、俺ヤバくねぇか?
そんな事を考えていると、花咲はこれから用事があると言う。
「じゃあ生田。いいか?」
「ぅあ……はい」
……今、少しだけ呻いたのは気のせいか?
取り敢えず、教師陣が泊まる三階まで連れて来たはいいが。
実際の所、用事なんて無い。
教師陣が泊まる、といっても俺達が使うのは階段側の数部屋。
他は空き部屋なので、見回り時間の今はこのフロアだけ静まり返っている。
どう切り出すかな……。
そう思っていると、咲が先に口を開いた。
「あの、先生。それで、何の用なんですか……?」
あ、助かった。
このまま言えばいいや。
「ん?あぁ……本当は別に用なんてないんだ。ただ単にあの輪から抜けたかっただけで。ほら、自分のクラスの奴に連絡事項があるって言えば簡単だし」
「……じゃあ、誰でも良かったんですか?」
「ま、そういう事になるな。……悪かったな、咲」
「いえ……」
一瞬、怒るかと思ったのだが、咲は怒らなかったので一先ず安心する。
まぁ誰でも良かったのは本当だが、多分咲じゃなきゃ分からなかった。
そういう意味では、あそこにいたのが咲で良かったと思う。
そうして、その直後に呟いてしまった言葉を、俺はこの後激しく後悔する事になった。