次の日は朝からオリエンテーリングと称した山歩きだ。
 予想通りというか何というか。咲は最後尾を歩いていた。
 ……余程体力が無いのだろうか。
 だが、今の俺にとっては好都合だった。

 昨夜の事を謝りたかった。
 残酷な事を言って、傷付けてしまった事を。
 何とか話し掛けるチャンスがないかと、咲の様子を伺う。
 しかし咲がこちらを振り返る様子は一向にない。
 いっその事こちらから話し掛けてしまおうか?俺は意を決して手を伸ばす。

 と。
「きゃ……っ!」
 突然咲は足を滑らせ、俺の方へと倒れ込んできた。
 俺は伸ばしていた腕で、咄嗟に彼女の体を抱き止めた。
「っと……大丈夫か?」

 もしかしたら、このまま謝る事が出来るかもしれない。

「っ……大丈夫です。ありがとうございました」
 だが、そんな俺の淡い期待を裏切るかのように、咲は俺の方を見ずに礼だけを言って。
 しかも逃げるように歩調を速めて先に行ってしまった。

 つい今しがた、俺の腕の中にすっぽりと収まっていた咲。
 その柔らかさと温もりだけをこの腕に残して。
 まるで、俺を遠ざけるかのように……。

「咲……」
 俺はそう呟き、思わず唇を噛み締めていた。


 見晴らしのいい場所まで来ると、休憩も兼ねての写生時間だ。
 てか、私立の学校で普通やらねーよな、こんな事。
 ま、各種イベント系は毎年派手な月羽矢。
 内部生にはある意味新鮮な行事だし、外部生には少しずつ慣れて貰う為、あえて最初はって事らしいが。

 休憩時間、といっても教師陣には見回り監督の義務がある。
 今日は自分のクラスだけ見回ればいいとはいえ、皆思い思いの場所で写生している為、全員を見つけ出すのは容易ではない。

 それでも。
 やはり咲だけは簡単に見つける事ができた。

 咲の居場所さえ確認できれば、後は様子を伺いながら見回って。
 咲に所へ行くのは一番最後だ。
 だが、それがいけなかった。

 ちょくちょく咲の姿を確認しながら見回っていたのに。
「え……!?」
 少し目を離した隙に、咲の姿が消えていた。
 その少し前に、咲と一緒だった花咲が男子生徒とどこかに行くのは見た。
 俺の見間違いでなければ、あれは木暮凍護だ。

 良くも悪くも、中等部時代から常に噂だけは耳に入ってきた生徒。
 授業は生憎と受け持っていないが、テストで全教科満点だったとか、他校の生徒とケンカをして相手を全員病院送りにしたとか、真相は定かではないが、とにかくウチの学園ではかなり有名な人物。
 奴が咲に近付いた時は、思わずカーッとなって頭に血が昇ったが、実際に用があったのは花咲だと分かり、安堵の息を吐いた。

 それなのに。
 本当に一瞬目を離したその隙に、今度は咲がいなくなっていた。
「嘘だろ、オイ……ッ!」

 焦った。
 一体どこに行ってしまったのだろう。