通常通りの授業が始まって、早速幸花が野外生活の事を聞いてきた。

「ね、ね、どうだった?楽しかった?」
「うーん……山歩きはちょっと疲れちゃったかなぁ」
「……そうだね」
 だが、咲はどうしても直樹のあの言葉が頭から離れず、思わず暗い顔になってしまった。
「え……咲ちゃんどうかしたの!?野外生活で、何かあった?」
 幸花は咲の表情の変化を見逃さなかった。
「な、なんでもないよ。ちょっとまだ疲れてるだけだから」
 慌ててそう言って、咲は話題を変える事にする。
「そうそう、桃花に彼氏が出来たんだよ!」
「え、本当!?……それって、もしかして……」
 最初幸花は驚き喜んで、すぐに複雑な表情になった。
 その意味を察して、咲も複雑な顔をする。
「うん……木暮君……」
「……やっぱり?」
「もー!だから木暮君は悪い人じゃないって言ってるでしょー!?あの噂がいい加減なだけだよ!」

 木暮の噂に話が及ぶと、桃花はいつも怒って否定する。
 そこには何か確信めいたものがあるみたいなのだが、桃花はそれを話そうとはしなかった。
 咲も幸花も桃花も外部生。正確には幸花は中等部三年からの編入生。
 木暮の噂はその前からあるので、真相は三人とも知らない……ハズ。

「木暮君は悪い人じゃないから安心して。ね?」
 と、結局そのまま話題は別の方向へと流れてしまった。


 咲は、桃花と二人になった時に言う。
「桃花、ごめんね?木暮君の事。それと、幸花に先生の事言わないでくれて、ありがとう」
「ううん。でも、幸花ちゃんに言わなくていいの?」
「うん……もう終わった事で、心配とか掛けたくないし」
「咲ちゃん……辛かったら、いつでも言ってね?」
 それは、直樹と毎日顔を合わせる事によるものを示唆していた。
「……うん。ありがとう、桃花。大丈夫だから……」
 だが、そんな確証はどこにもなかった。


 そうして、一ヶ月程経った六月の下旬。
 期末テストという、学生にとって夏休み前の試練があった。

 咲の成績はまぁまぁだった。
 ……数学を除いて。

 理由は……分かりきっている。
 授業に集中出来なかったから。
 言い訳をするつもりはないが、やっぱり、先生が担当だったから。
 姿を見るのが辛くて、授業中は殆ど俯いていた。
 声を聞くだけで悲しくなって、泣きたくなって。
 内容なんて全然入ってこない。
 桃花も幸花も心配してくれるけど、桃花も最近少し悩みがあるみたいだし、幸花には先生の事を話していないから、心配ばかり掛けてはいられない。

 そう……強がってみても。
 私は全然、平気なんかじゃない。
 先生は私の気持ちなんか全然知らずに、いつもと同じように教壇に立って授業をしている。

 ねぇ、先生。
 気付いて。
 こんなにも辛いの。こんなにも苦しいの。
 教えて。
 どうすればいいの。
 どうすれば諦められる?
 分からないよ。

「……先、生ぇ……」

 今も心に深く突き刺さる。
 あの時の先生のあの言葉。

『ガキが教師との恋愛夢見てんじゃねーよ』

 違うよ、先生。
 私は先生が先生だから好きになったんじゃないんだよ?
 私は先生本人を。
 早坂直樹っていう、一人の男の人を好きになったんだよ?

 ねぇ、先生。

 ――直樹さん。

 私は。

 この想いを、どうすればいいの?