「ところで直樹、貴方今日泊まっていくんでしょ?」
おばさんのその言葉に、咲はまたもや固まった。
……泊まり?
先生が、この家に?
って元々先生の実家なんだから別におかしくも何ともないけど!
ただの先生と生徒なんだから、普通にしてればいいんだけど!
何か逆に意識しちゃうっていうか……緊張しちゃうよぉ……。
そんな風にあれこれ考えている咲の横で、直樹は言う。
「あー……今日は帰るわ」
その言葉に、咲とおばさんは、え?と顔を向ける。
「やり残した仕事、思い出した」
そう言ってその場を立ち去る直樹を見て、咲は慌てて「じゃあ、私も部屋に……」と言いながら、後を追って玄関に向かい、直樹を呼び止める。
「あの、先生」
「……“直樹さん”」
不機嫌そうな声でそう言われ、咲は渋々言い直す。
「……直樹さん」
「何?咲ちゃん」
すると今度は、学校では絶対に見せないような笑顔で。
……だから反則だってば。
「……私、ここの下宿、やめた方がいいですか?」
「何で」
「何でって、その、せ……直樹さんのご実家だし、色々マズイかなって……」
だって、多分仕事が残ってる、なんて嘘。きっと私に気を使って……。
すると、俯いた咲の頭上から直樹の優しい声がする。
「余計な事考えんな。……そりゃあな?自分の生徒が実家に下宿中ってのはいい気はしない。だが俺はもう一人で暮らしてるし、お前も知らずにココに下宿してたんだ。今更気にすんな」
くしゃっと頭を撫でられ、少しだけ咲は嬉しくなる。
……先生の手っておっきいな。
そんな事を考えていると、直樹が難しい顔をする。
「せ……直樹、さん?」
恐る恐る声を掛けてみる。と、直樹は何か納得したように頷く。
「うん、やっぱ変だな」
何が?何が変なんでしょーか。
「やっぱ違和感あるわ。知らない間柄じゃないし、今更だし」
あの、とてつもなく嫌な予感がするのは気のせいでしょうか。
「決めた。これからは咲って呼ぶわ」
……呼び捨てかっ!
「じゃあな、咲」
マジですか。
こうして唖然とする私、生田咲を置いて担任の早坂直樹は去っていった。