「センセー。来ましたー」
 数学準備室には直樹一人しかいなくて、咲は初めて来た教官室を見回す。
 ……普段はあまり使われてないのかな。
 職員室や教室からは、ずいぶん離れた位置にあるし。
 そうは思ったが、色々な物が整頓して置いてある机もいくつかあって、そうでもないのかもと思う。
「おう来たか。んじゃさっそく、そのプリント一種類ずつ五枚綴りにして、左角ホチキスで留めて」
「はーい。……ちなみにコレ、何のプリントですか?」
「明日配る予定の数学の宿題プリント」
「んな!?」
 そんなの生徒に手伝わせないでしょ、普通。
「んじゃーヨロシクな、さーく」
「え、ちょっ……何処行くんですか!?それと名前で呼ばないで下さいっ!」
 言うだけ言って部屋を出て行こうとした直樹を慌てて呼び止める。
「俺一応弓道部の顧問だしー?今二人っきりなんだから別にいいじゃねーか」
 そう言って笑うと、直樹は咲の頭をクシャッと一撫でしてから、部屋を出て行ってしまった。

 ……だからその不意打ちの笑顔は反則だって!

「……頭撫でられた……」
 直樹が出て行ったドアを見つめながら、不覚にも咲は顔を真っ赤にさせて、心臓をバクバクさせていた。
「もうっ……先生のバカ……」
 悔しい。


 プリント五枚ともなると、きちんと揃えてからホチキスで留める、という作業はどうしても時間が掛かる上、その量は直樹が受け持つ五クラス分。
 結局一時間以上掛かって、ようやく終わった。
「終わったぁ〜」
 咲がそうして机に突っ伏すと、目の前にスッと紙コップが差し出された。
 中身は咲がよく飲んでいるレモンティー。学校の自販機のやつだ。
 差し出された方を見ると、いつの間に戻って来たのか、直樹が立っていた。
「お疲れ。飲め」
「……ありがとうございます……」
 紙コップを受け取り、咲は不思議に思う。
 先生の飲んでいるのは多分職員室で淹れてきたコーヒー。
 だっていい香りがするから。
 だけど。
 わざわざレモンティーを買ってきてくれた。

 ……何で先生私の好み知ってるんだろう?

 怪訝に思って直樹を見る。
「あ?どうした。紅茶嫌いだったか?」
「いえ……」
「ならよかった。コーヒーじゃ好みがあるし、自販機の紅茶なら大抵の奴が飲むからな」
 あ、何だ。偶然か。
 そう思って紅茶に口を付ける。
「ところで咲。お前あの時何で俺の事笑った訳?」
 その突然の問いに、噴出しはしなかったものの、咲は少しばかりむせた。

 てか、まだ根に持ってたんだ先生……。