考えがそこに行き着けば、何だか無性にムカついてきた。
「……帰ります。センセぇさよーならっ!」
 ムカつきを隠そうともせずに言って帰ろうとすると、またもや肩を掴まれてしまった。
「おーい、コラ。今度はやけに不機嫌だな。どうした?」
 ん?と顔を覗き込まれ、咲はドキッとする。

 先生顔近いって!

「あ、赤くなった。お前面白いな」
 そう言って笑われて、咲は思わず膨れる。

 ムカつく。ムカつく、ムカつく!

 何なのこの人。
 いつもは全然こんな感じじゃないのに。いつもはすっごい仏頂面のクセに!

 咲が睨んでいると、それに気付いた直樹は笑うのを止め、微笑む。
「そうふてくされんなって。もう少し待つなら帰り送ってやるから」
「……待ちます」

 下宿先は電車で三駅。
 ラッシュ時の満員電車に乗りたくなくて部活に入っていないのに、今から帰るとなると確実にアウト。
 だって痴漢になんか遭いたくないし、満員電車なんて空気悪そうだもん。
 だから一瞬考えて送ってもらう事にした。
 どうせ送るって言い出したのは実家に用があるついでだろうし。
 だが、流石に学校で先生の車に乗るのはマズイだろうから、駅で拾ってもらう事になった。


 車に乗ってから気付いたが、話題が無い。
 直樹はラジオも音楽も流さないので車内に流れるのは沈黙のみ。
「ラジオとか音楽って、聴かないんですか……?」
「運転に集中したいから」
 会話はコレだけ。
 というより話し掛ける事すら許されない状況?
 話題以前の問題ですか。
 気まずい空気に耐え兼ねていると、直樹が口を開いた。
「こっちの生活にはもう慣れたか?」
「あ、はい。おばさまが特に親切で……」

 咲が下宿を始めて、まだ一ヶ月も経っていない。
 それでも順調にやっているのは直樹の母親であるおばさんの助けが大きい。

 すると直樹は少しだけ顔を顰めた。
「お節介だからな……」
 そんな呟きと共に。
 そんな事ないのになぁ……と思いつつ、今度は咲から質問をする。
「ちなみに先生って今一人暮らしなんですか?」
「ん、まあ。実家の方にまだ俺の部屋残ってるから色々置きっぱなしだけど」
「……知ってます」

 下宿を始めた最初の頃、ちょっとした探検をしていて見つけた部屋。
 本棚の所々に空きがあったりした、シンプルな男の人の部屋。
 多分あの部屋がそうなのだと当たりをつけて言う。


 それから他愛の無い会話をし、車は家に着いた。
 咲が車を降りると、直樹は「じゃあまた明日」と言って、そのまま車を出そうとする。
「先生実家に用があるんじゃ……」
「別に無いけど?」
 直樹はあっさりとそう言って、不思議そうな顔をした。

 じゃあ、用があるからついでじゃなくて、本当に私を送るのが目的で……?

 そう思ったら、何だか申し訳無い気がしてきた。
「あの、ごめんなさい!私てっきり先生がご実家に用があって、それで送るって言い出したのかと思って……送ってもらって本当にすみませんでした」
 頭を下げる咲に、直樹は少しばかり呆れながら言う。
「何だ、そんな事……俺が送るって言い出したんだから気にすんな」
「でも……」
「謝るよりお礼言って欲しいなぁ」
「あ……ありがとうございました」
「よろしい」
 そう言って笑って、直樹はそのまま車を走らせて行ってしまった。
 直樹の車を見送って、咲はふと思う。

 何だか掴み所の無い人だ。
 でもこれだけは言える。
 先生は意地悪だけど、優しくていい人だ。うん。