車で送ってもらった次の日、やっぱり直樹は仏頂面で教壇に立っていた。
 当然授業の最後に配られたあのプリントにブーイングが起こるが、直樹は大して気にも留めずに教室を出て行って。
 それが咲の昨日の雑用の内容だったと分かると、クラス中から次々と直樹に対しての悪口が出る。
 そんな中で、咲は複雑な思いをしていた。

 先生の悪口を言われるのは嫌。
 でも、自分だけが知ってる優しさと笑顔にはちょっと優越感を感じる。


 次第に咲は直樹を目で追うようになっていた。
 教科書を捲る何気ない仕草だとか、黒板に数式を書く時の後姿だとか、HRの時いつもクラスを見回している視線だとか。
 とにかく、少しでも多く直樹を見ていたかった。

「ねーぇ、咲ちゃん」
「なぁに?桃花(とうか)」

 桃花、というのは入学してすぐに仲良くなった花咲(はなさき)桃花の事。小さくて、大人しくて、ぽやっとした感じの可愛い女の子だ。
 ただ桃花は、たまにとんでもない発言をする。
 つい何日か前にも、好きな人が出来た、と言うので相手を聞いたらなんと、成績は優秀だけど他人とよくケンカする事で有名な不良の木暮君とか言うし。

 そんな彼女から発せられた言葉。
「咲ちゃんて、いっつも早坂センセーの事見てるよねぇ?もしかしてセンセーの事好きなの?」
「な……っ!?」

 可愛い顔してこの子は何て事言い出すの……っ!?

 そう思ってハタ、と気付く。

 んん、待てよ?
 もしかしたら桃花の言う通りなのかもしれない。
 今までそんな自覚なかったけど、私は先生の事が――。

 そう思ったら、急に自分の顔が熱くなるのを感じた。
「……ねぇ桃花?私、そんなに先生の事見てる……?」
「うん」

 マジですか。しかも即答。
 え?って事は先生も気付いてたりするの!?
 こっちを見そうになったら視線外すから目とか合わないけど。

「咲ちゃん。頑張ってね」
 咲が考えているとチャイムが鳴り、桃花は自分の席に帰り際そう言った。

 ちょっと待って。何を頑張れと?
 先生と生徒なんて。それこそ犯罪になっちゃうよ!?
 心の中でそう叫ぶが、その叫びが桃花に届いた様子はなかった。