『それじゃあ行きましょうか。家族に清良さんの事も紹介したいですし』
「は!?」
 春斗の唐突な発言に清良は驚くが、そもそもココは春斗の実家が経営している旅館なのだ。
 当然泊まるともなれば、春斗の家族とも顔を合わせる事になる。
「っていうか、最初からそれが目的か!?それならそうと事前に言えよ!」
 なんせ春斗の家族に会うのだ。心の準備だって必要だろう。

 だが春斗はしれっとした表情で。
『言ったら来ましたか?』
「うっ……」
 春斗の指摘に、清良は言葉を詰まらせる。

 事前に知らされていたら、きっと来なかったとは思う。
 何だか照れ臭いし、まるで結婚の報告みたいだ。
 そんなのまだまだ早いと思うし、実際まだ清良はそういうのを意識した事はない。
 だけど、それでもやっぱり事前に言って欲しかったと思うのはワガママだろうか?

『大丈夫です、僕が付いてますから』
「でも……」
 渋る清良に、春斗は思いついたように提案する。
『この録音テープ、清良さんに差し上げますから』
「え……いいのかっ!?」
『その代わり、これから僕の家族に会ってくれますか?』
「あぅ……」
 その取引に、清良は頭を悩ませる。

 春斗の声が録音されたテープは欲しい。
 それがあれば、いつでも好きな時に春斗の声が聞ける。
 しかも告白付きだ。
 だけど。
 春斗の家族に会う、というのは、想像するだけでも緊張する。
 それに何かヘマをやらかして、春斗の迷惑になるのは嫌だ。
 でも……。

 ゆうに十分は悩んでいただろうか?
 清良はようやく結論を出した。
「春斗。そのテープ、頂戴」
 すると春斗は、ニッコリと笑顔でテープをレコーダーごと手渡した。


 再び裏口から出て表に向かう間、清良は「あー」とか「うー」とか、気が進まなさそうだった。
 テープを受け取ったのだから、一度は決心したのだろうが、やはり緊張は拭えないらしい。
 そんな様子の清良に苦笑すると、春斗は立ち止まって彼女の髪を優しく撫でてやる。
「春斗……アタシ、やっぱり……」
 そんな事を言い出す清良に、春斗は触れるだけのキスを唇に落とす。
「な……っ!誰かに見られたら……!」
 真っ赤になって慌てて周りを見回す清良に、春斗はもう一度、今度は額に口付ける。
「春斗っ!」
 抗議するように声を上げる清良に、春斗は優しく微笑む。
『僕は清良さんの味方です。大好きですよ』
「……っだから真顔でそういう事を……!」
 書くなバカ、という言葉は、春斗に抱き締められて消えてしまった。

 抱き締められて、あやすように優しく背中を撫でられて。
 随分と気持ちが落ち着いていくのがわかる。

「春斗……もう平気だ。ありがと」
 暫くして清良がそう言うと、春斗はその背に手を当てたまま、促すように歩き出した。


 旅館の玄関から足を踏み入れると、春斗の姿に気付いたのか、従業員の一人が親しげに話しかけてきた。
「まぁまぁ若!お帰りになられたんですね。今、女将を呼んでまいります。きっとお喜びになりますよ」
 その人が女将、つまり春斗の母親を呼びに行くと、別の従業員が近付いてきた。
「そちらの方は、若の恋人でいらっしゃいますか?」
 そう聞かれて春斗は頷き、清良は真っ赤になる。
「まぁ、真っ赤になられて……可愛らしいお嬢さんですね、若」
 そんな事を言われて、清良はますます真っ赤になった。

 そうしていると、奥から慌てたように小走りで着物姿の女性が来て。
「春斗!まぁ、よく帰ってきてくれたわね」
 そう言って嬉しそうに春斗の全身を眺めると、旅館の奥へと促す。
「さぁ、奥でゆっくりして頂戴。頂き物のお菓子があるのよ」
 だが。

「あら、何しているの皆さん。早くそちらのお客様をご案内して差し上げて」

 春斗の背に手を当てて奥へ促しながら、清良を指し示してそう言った。
 まるで、清良は春斗とは全く関係のないただの客のように。
 それには春斗や清良だけでなく、従業員達も目を瞠った。
「お、女将……こちらの方は……」
「予約のお客様でなくとも、今の時期ならお部屋は空いているでしょう?」
 おずおずといった感じで口を開いた従業員に、女将はスッパリと切り捨てるようにそう言った。
「さ、春斗。華蓮ちゃんももうすぐ学校が終わる頃だし、帰ってきたら来年の下宿についても色々と決めないと」
 その言葉に、いつぞやの春斗の従妹が思い出された。

 恐らく、清良の事を彼女から聞いているのだろう。
 とすれば、清良を無視するような態度を取っているのはワザとだ。
 その強引なやり口に春斗は慌てるが、声を出して制止も出来ないし、力任せに振り切る事もできなくて困惑した表情だけを清良に向けた。
 引き離されていく春斗を見て、清良は唇を噛んだ。

 同じだ。
 どこに行っても、誰と会っても。
 蔑むような目。疎んずるような態度。
 不良というレッテルを貼られた自分に向けられるモノは、全て。

「お嬢さん……」
 どう声を掛けていいのか分からない、といった感じの従業員の戸惑いの声に、清良は泣きそうな笑顔を向けた。