気が付くと、病院のベッドの上だった。
「……生きてる……」
囲まれて、ボコボコにされて。意識が遠退いていく時に、もうダメだと思った。
何で助かったんだろう?
そんな事を思っていると、病室の入り口に人の気配を感じた。
「はる…と……」
驚いたように固まっている春斗。
だがすぐに泣きそうに顔を歪めると、傍に駆け寄ってきた。
そうして強く抱き締められる。
「何だよ……苦しいって……」
必死に口を動かすが、春斗の口からは荒い呼吸音しか聞こえてこない。
「分かんないよ……いつもみたいにメモに書けよ」
清良がそう言うと、春斗はようやくメモ帳を取り出して文字を綴る。
『心配した。このまま目を覚まさないかと思った』
「……大袈裟だな」
すると怒ったような表情で文字を書き殴る。
『何ヶ所も骨折してて、頭も何針か縫う大怪我してるんだ!このまま目を覚まさなかったら、植物状態になってたかもしれないんだぞ!?』
「……悪かった」
物凄く心配させた事に、清良は素直に謝った。
『そもそもどうしてこんな事に?』
「……不良グループを、抜けたんだ。でもそれには脱会リンチを受けなきゃならなくてさ」
すると春斗は何かに思い至ったように顔を歪める。
『僕のせい、ですね』
「違うよ。……確かにあの時、どうすればいいかって聞いたのは、この事だったけどさ」
清良は、何とか春斗が自分のせいだと思わないような言葉を探す。
「え…っと、何だ、あの時はさ、もう殆ど決めてたんだ。ただ後押しが欲しかったというか……いや、違う違う。あー……その……とにかく!お前のせいじゃないから、気にするようならブッ飛ばす!」
最後は結局脅しになってしまって。
春斗は驚いたように唖然としていたが、すぐに笑顔になる。
『ブッ飛ばされるのは嫌なので、そういう事にしておきます』
「おっ前なぁ……」
そう言いながら、内心春斗が笑顔になってよかったと思った。
「そういえばさ、何でアタシ、ココにいるの?」
ふと先程思った疑問を口にする。
すると春斗が説明してくれた。
『みっちーという子が、警察に匿名で電話したそうです。一度ここに来ましたよ』
「みっちーが?……そう」
みっちーというのは、グループで一番仲良くつるんでいた子だ。
『僕の所には警察の人が来ました。前に一度、メモを渡したでしょう?アレ、捨てずに持っててくれたんですね』
嬉しそうにニコニコしながら言われたその言葉に、清良は真っ赤になる。
捨てようと思って、捨てられなかった物。
あのメモには“いつでも来ていいですよ”という言葉の他に、携帯のアドレスも書いてあった。
「べ、別に大事に持ってたワケじゃねーよ!捨てそびれただけだ……」
一応、照れ隠しにそう言ってそっぽを向く。
『驚きましたよ。いきなり警察の人に、清良さんが大怪我をして入院してるって言われて。多分、事情聴取とかされると思いますけど』
「……あーうぜぇ……」
その言葉に、清良は頭を抱えた。
それから暫くは、警察が色々と事情を聞きに来た。
面倒臭かったからそれにはテキトーに答えて。
春斗は毎日来てくれた。
親は全く姿を現さなかった。
「……アタシの親はさ」
退院も間近に迫ったある日、清良は静かに話し始めた。
「父親は世間体ばっか気にするような人で。母親は、そんな父親の顔色を覗うような人だった」
大嫌いな両親。
「アタシがちょっとでも他の子より劣ってたり、子供達のちょっとしたイタズラに加わってたりすると、父親は母親を殴るんだ。“お前の躾が悪いんだ”って言ってさ」
100%、完璧な良い子を求める父。
「母親は、“アンタが良い子にしてないから、私がお父さんに殴られるのよ”って言って、いつもアタシを殴った」
父親に従う事しか出来なくて、腹いせに自分に暴力を振るってくる母。
「だからさ、こんな風になっちゃったアタシは、いらない子なんだ」
理不尽な暴力に耐え兼ねて、家を飛び出した自分。
「今じゃ家に帰ると、二人ともアタシの事なんて無視しながら、ビクビク怯えてんの。いつ仕返しに暴力を振るわれるか分からないってね」
小さい頃、あんなに怖いと思っていた人達の、情けない姿。
「バッカみたい。自分達の子供に怯えるなんてさ」
でも、本当は。
「……っく……アタシ、どうしようもない人間だけどさ……っ」
ただ、抱き締めて欲しかった。
「今からでも……マトモになれるかなぁ……っ?」
春斗は、ただ静かに、抱き締めてくれた。
子供をあやすように、ポンポンッと頭を軽く叩いて。
久しぶりに、声を上げて泣いた。